響け!ユーフォニアム
誰しも、学生時代に印象深い思い出がいくつかあるはずだ。
おいらの場合は、強烈に残っているのは、吹奏楽部でした。
個々の思い出は、さすがに昔すぎて思い出すのも困難ですが、あの時感じたことや思ったことが、今になっても突然フラッシュバックすることがあり、懐かしくもあり、苦くもあり、恥ずかしくもあるような、なんとも言えない感覚に襲われることがあります。
そういう、脳という感情の記憶箱をガツンと揺さぶる一品に、最近出会いました。
「響け!ユーフォニアム」という作品です。
原作は三巻の小説。この春、一巻までアニメ化されました。
この作品に出会えたきっかけは、4月から放送されたアニメでした。このアニメ制作を知って、おいらは歓喜の声を上げたくらいです。
なんと言っても、「ユーフォニアム」というのがいい。
この感覚は、吹奏楽部の経験者でないと分からないかもしれません。
ユーフォニアムという楽器は、とても地味な楽器です。
もし「吹部」もののストーリーでそこそこ人気がありそうなタイトルにしたかったら、花形の「トランペット」や「サックス」「フルート」「クラリネット」あたりにしておけばよいでしょう。
しかし、筆者はあえて「ユーフォニアム」という楽器をメインに据えました。他の「吹部」ものとは、明確に一線を画していると言っても過言ではないでしょう。
もちろん、吹奏楽部経験者ではなくても楽しめるでしょうが、経験者であればページをめくるたびに(良くも悪くも)色々な記憶を呼び起こされることでしょう。
私自身も、読み進めていくうちに吹奏楽部、特に一生こびりついていくであろう高校時代の感情の記憶とラップして、まるで自分も小説の中に飛び込んだかのように、感情を移入して読み耽りました。
作品自体はありふれた設定です。「弱小」。もっと酷い言い方をすればヘタクソな吹奏楽部が、新しい顧問に変わったことで少しずつ変わっていき…というもの。
これまでもいくつか「吹部」ものを読んできましたが、今でも全国のほとんどの吹奏楽部が「全日本吹奏楽コンクール」を狙っている、という現実の中では、どれも似たような展開になるのは避けられません。
しかしこの作品の良いところは、「圧倒的な現実感」です。
主人公はほんとに平凡なユーフォニアム奏者の女の子です。
色々と事件は起こりますが、「これだったら起こり得る」と思えることばかりです。サクセスストーリーにありがちな、極端なご都合主義的解決やぶっ飛んだエピソードはあまりありません。
また、「吹奏楽部員」は「部員」であるのと同時に「学生」でもあります。
親との関係や将来の進路、恋愛感情など。あの頃特有の悩みについてもきちんと書かれています。確かに「吹部」ものではありますが、この物語は「高校生の青春ストーリー」でもあります。
作者の武田綾乃さんは現役女子大生。年齢が近いから、これだけのストーリーが書けたのではないでしょうか。
この「圧倒的な現実感」に、おいらもすっかりやられてしまいました。
高校時代の吹奏楽部はとても厳しく、また、部活内でも上級生と下級生の対立がありました。
その関係で色々と嫌な思い出がたくさんあって、この頃の記憶は長い間緩い封印をしていました。
しかし、思い返せばいい思い出もありました。
コンクール目指して練習に勤しんだ日々。
コンクール前の緊張感と高揚感。
コンクール演奏直前のドキドキ感。
結果発表のときはドキドキで心臓が飛び出しそうになり、
終わったあと自分のふがいなさに涙したり…
あの時の強烈な感情が自然にこみあげてきて、自分の記憶とごちゃ混ぜになりながら、原作本を最後まで読み切りました。
これは、おいらにとっては斬新な読書体験でした。架空のストーリーなんだけど、どこか自分のストーリーを読んでいるような変な感覚。
架空のストーリーとしてのエンタテインメントとしつつも、実は自分の記憶の扉を開けていく作業だったんだ、と読み終えて気づきました。
そして、読み終えた今、やはりおいらは、音楽が好きだし、吹奏楽部も好きだと、確信に至った次第です。
最初は過去のトラウマが呼び起こされるのでは、と恐々としていましたが、今となってはそれも「コーヒーのような苦み」として、複雑な「味わい」を感じています。
今まで距離を置いていましたが、今年は久し振りに、県の吹奏楽コンクールに足を運ぼうかと思います。
それこそ昔の記憶が呼び起こされて苦しいと感じるかもしれませんが、それでも見てみたい気持ちです。
かなり古い記憶を呼び覚ましてくれたこの作品と出会えて良かったと思います。
アニメは是非、二期、三期もやってほしいです。一人でも多くの吹奏楽部に携わった方におすすめできる物語だと思います。
ちなみに、なぜ題名が「響け!ユーフォニアム」なのか。
その理由は、最後まで読めばわかります。非常に良く纏まった、読後感の良い作品でした。